学校の先生が発見!ビスクピン遺跡

ドイツの隣に位置し、第二次世界大戦中にはナチス軍に占領されるなど、悲惨な歴史を持つポーランド。一方で現在でも多くの遺跡が残り、その中で最も有名なのがビスクピン遺跡です。発見したのはなんと学校の先生。ポーランドのルーツを知ることができる、非常に興味深い遺跡です。

<学校の先生が発見した3千年前の遺跡>

ポーランドの中部に位置するビスクピンは、もともとは湿地帯で本当に何もない場所だったのだそうです。ですがあるとき、学校の先生がこの一帯を探索していたところ,かなり古いものであろう遺跡の一部を発見したのだとか。間違いなくこの近くに何かある、と先生は主張したのだそうですが誰も信じず、本格的な調査が行われたのは,何年もあとのことだったのだとか。

結果1933年に,ポーランドのポンペイとも呼ばれるほど歴史的価値の高いビスクピン遺跡が発見され、国内で最も有名な遺跡となりました。先生が言っていることが正しかったとやっと証明されたのですね。

発見にそんな経緯のあるビスクピン遺跡には、考古博物館と,3000年ほど前の鉄器時代初期の砦や集落を再現した遺跡があります。この遺跡が建設されたのはピアスト王朝のころの、960年ごろから1370年のどこかだと言われています。ピアスト王朝はポーランド最古の王朝で、ビスクピン周辺には,この王朝の歴史をたどることができる観光ルートも設置されています。ポーランドの歴史を知るには絶対にはずせないルートですので、ぜひ興味があるならたどってみてください。

<近くにある大聖堂もみどころ>

第二次世界大戦で大きな被害を受けたポーランドでは、ピアスト王朝をはじめ、多くの遺跡が消失してしまいました。

ビスクピン遺跡から少し離れた場所にある聖ヴォイチェフ大聖堂は、そんな戦火を幸運にもまぬがれ、積み重ねてきた歴史を今に伝える貴重な遺跡のひとつです。聖ヴォイチェフ大聖堂は,ポーランド最初の聖堂と言われており、何世紀にもわたって火災による消失と再建を繰り返しながら,現在の姿になったそうです。火災による消失は数限りなく、時代とともに建築様式も変化しており、当初はロマネスク様式、次にバロック様式の聖堂で建築され現在ではゴシック様式となっています。

また、この聖堂の地下には千年ほど前の聖堂の一部が今でも残されており、誰でも見ることが可能です。さらに内装にはかなり重厚なゴシックタイルが用いられており、こちらも見ごたえ十分。消失と再建を繰り返してきた分とても重みのあるものとなっていますので、ビスクピン遺跡に行ったら,ぜひ大聖堂にも足を伸ばしてみてください。

そんな失ってばかりの歴史をたどってきているポーランドですが、実は,大の親日国家ということをご存知ですか?そのためポーランドでの日本人の人気は非常に高く、結婚するなら日本人と断言する女性も多いのだそうですよ。それだけでも嬉しいことですが、ポーランドは世界的にも有数の美女大国でもあり、日本人男性にとってはパラダイスのような国なのです。

そのため男性だれもが憧れる絶世の美女と一夜をともすることはもちろん、彼女や妻にすることだって夢ではありません。しかし一方で,ドイツとロシアといった強国にはさまれ、第二次世界大戦中には占領され,不当な扱いを受けてきたポーランドの人々は、自分に自信を持てないという人が非常に多いのだとか。そのため一夜をともにするときに,男性が役に立たない、なんて事態になっては女性に大きなショックを与えかねません。美女を相手にすると緊張してしまって,なんて話はありがちですが、ポーランドの女性はそう受け取ってはくれないかもしれませんので、念のためバイアグラなどを持っておくのをおすすめします。高価で有名だったバイアグラにも最近はジェネリックが発売されましたので、比較的手に入りやすくなりました。ED治療を行っているメンズクリニックで処方してくれますので、心配ならばまずは足を運んでみることをおすすめします。

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