破壊の危機にあるローマ遺跡 サブラタ

ローマ帝国は地中海を周辺の国々を従えた当時最強の国家でした。そのため地中海に周辺には今でもローマの姿を見ることのできる遺跡がたくさんあります。しかし、現代では地中海、特にアフリカ側で政情不安定な状況が続いています。今回はそんな地域にある遺跡、サブラタをご紹介します。

<ローマ以前のサブラタ>

サブラタはもともと海洋貿易で繁栄したフェニキア人の手によって紀元前6世紀ごろに作られた町です。サブラタはフェニキア人の海洋国家カルタゴのもとで交易拠点として繁栄します。このころのもので残っているのがフェニキア人の塔と呼ばれるものが残っています。

紀元前2世紀に建てられたものでフェニキア人一家の墓と言われています。その後、カルタゴがポエニ戦争でローマに滅ぼされてからはヌミディア王国の支配下に入り、ヌミディア王国がローマと対立した際にはローマのもとにつき自治権をみとめられまました。

<ローマの植民都市、サブラタ>

その後ヌミディア王国はカエサルによって滅ぼされ、地中海地域はほぼローマの勢力圏になりました。サブラタは紀元2世紀のトラヤヌス帝の頃にローマは属州から植民都市になります。この時、多くのローマ風の建築物が建てられ最盛期を迎えました。現在残るのはその時の建築物です。

イシスやバッカスなどの神をまつった神殿が多数作られ今でもその名残を見ることができます。面白いものでは2世紀に神殿として建てられたものが4~5世紀になるとキリスト教の教会になっているものもあります。そしてローマと言えば浴場が欠かせません。サブラタには浴場のほか、サウナとボイラー室、トイレなどが残っています。特に浴場は床以外が大理石で出来ているという豪華ぶりです。しかし、この遺跡で特に目を引くのがローマの劇場跡です。2世紀後半に建てられたもので、3階建てという大きさ。当時北アフリカ最大の劇場でした。

かつては5000人を収容し今でも1500人が収容可能ですから相当大きいです。舞台の基壇には当時の皇帝とその家族の姿やトロイア戦争といった神話をモチーフにしたレリーフが刻まれています。観客席にも手すりに魚と思われる生き物のレリーフが刻まれています。このような建造物以外にも彫刻やモザイク画が見つかっています。彫刻はのちの時代に破壊されていますがモザイク画は保存状態はとてもいいです。

<危機遺産に登録>

しかし、そんな素晴らしい建造物が残っているサブラタに危機が迫っています。この遺跡は現在危機遺産に登録されているのです。危機遺産とは世界遺産の中で決定的危機、つまり材質の悪化による風化、意図的な破壊などで遺跡が保存できない景観が損なわれるなどの状況に陥ると登録されます。この遺跡は最近のリビア国内の政情不安から遺跡の保存が困難な上、損壊される可能性があるため登録されまし。なお、現在リビアにある世界遺産はすべて危機遺産に登録されています。

サブラタはその後、4世紀に地震が相次ぎ次第に衰退していきました。一時期ビザンツ帝国のもとで再建もされましたがこの地域をアラブ系の勢力が支配していくうちに交易拠点が変わり、交易拠点として繁栄したサブラタは見向きもされなくなり現在に至ります。今は遺跡としての破壊の危機を迎えています。サブラタが今後も遺跡として保存されることを願うばかりです。

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