ケルクアンはありのままのカルタゴの町

かつて地中海全域を舞台に交易活動をしていたフェニキア人は、北アフリカの地に古代都市国家カルタゴを建国しました。現在、チュニジア共和国には当時の遺跡が残されていますが、その多くはローマ人により再建され姿を変えています。その中でケルクアンだけは再建を免れたため、フェニキア人が町づくりをした当時の姿が良好な状態で残っています。その意味で希少価値の高いケルクアンの様子を、見ていくことにします。きっと想像力がかき立てられることでしょう。

<謎多き古代都市国家カルタゴ>

北アフリカのチュニジア共和国には、かつて古代都市国家カルタゴが存在していました。現在の首都チュニスの郊外にあるカルタゴ遺跡や、北東部のポン岬の近くにあるケルクアンを訪れると当時の姿が偲ばれます。それぞれ、1979年と1985年には世界遺産にも登録されています。

建国した年代を示す確かな資料はありませんが、一般的には、古代ギリシアやローマの資料を参考にして紀元前814年と考えられています。建国にいたる経緯も、伝説上の人物が登場するなどはっきりしません。しかし、地中海全域を舞台に交易活動で活躍したフェニキア人が建国の担い手であったことは、間違いないようです。

<さすがケルクアン!ビクともしません>

古代都市国家カルタゴは多くの謎に包まれていたため、ケルクアンは当時の状態が良好に残っている遺跡として高く評価されました。紀元前4世紀から紀元前3世紀頃にフェニキア人の町として機能し、古代ローマとの間で第一次ポエニ戦争が起きていた時に放棄されたと考えられています。

この放棄のタイミングが功を奏したらしく、その後、この地にローマ人が町を再建することはありませんでした。ここが、ほかの遺跡との大きな違いです。ケルクアンは単に残りが良いというだけでなく、フェニキア人がつくった町の姿を維持し続けたというわけです。他からの手が加わっていない、ありのままの古代都市国家カルタゴの町なのです。

<生活の様子が目に浮かびます>

この遺跡は多くの建物が基礎だけでなく壁まで残っているので、町全体の配置がはっきり分かります。また個々の家を比べると似たような構造であり、標準モデルにしたがって建てられたと考えられています。遺跡は、この町が緻密な都市計画にもとづいてつくられたということを物語っているのです。

どの家にも共通して見られるのは、まず下水施設です。いずれも下水用の溝があるので、誰も下水処理で困らずに済んだことでしょう。浴槽も個々に備わっています。みんな、わざわざ共同風呂に出かける必要もなかったことが想像できます。緻密な都市計画にもとづいた標準モデルがあったからこそ可能になった生活スタイルです。

<想像力が全開になります>

ケルクアンは残りの良い遺跡なので、無意識に想像力も全開になります。町づくりの計画を進めるフェニキア人にはじまり、徐々に完成へと近づく町の姿、それぞれの家の生活風景や町を往来する人々の様子まで、存分に楽しめるでしょう。さらに地中海で繰り広げられた交易活動や、ローマ人との攻防にまで思いを馳せることもできます。想像力に自信のある方は、一度は訪れてみることをお勧めします。

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