人類最古の都市 チャタル・ヒュユク

チャタル・ヒュユクは新石器時代の集落跡。紀元前7000年ころのものとされています。現在のトルコ共和国のコンヤ高原にあります。世界4大文明より数千年古いこの遺跡は、1958年に発見されました。

<不思議な構造の家>

都市の人口は最大10000人程度と推定され、平均5000人から8000人が暮していたものとされています。発見以来、年代ごとの地層を丁寧にはがしていく方法で発掘が進められ、特殊な住居構造を持っていたことがわかりました。

家々は密集し連なって建てられており、戸口や窓がありません。屋根には跳ね上げ式戸口が開いており、住民は梯子を使って天井から出入りしていたと思われます。隣家への移動も屋根伝いにしていたと考えられます。出入り口が天井にあるのは、ライオンなどの獣や外敵の侵入を防ぐためであったという説が有力です。

室内には調理場があり、その上に出入り口があることから、煙突の役割も果たしていたものと思われます。漆喰を塗った牛の頭や獣の角、女神像などが発見されています。ごみは広場に一括して捨てられており、室内には全く残っていません。

<先祖と家族に愛情をもっていた文化>

ベッドと思われる基壇は表面が滑らかになるように丁寧に漆喰が塗られています。120回も塗られた痕跡のある建物もあり、毎年のように上塗りされていたようです。

ベッドの下からは、大量の白骨が発見されました。成人から幼児までさまざまな骨があり、頭部のないものもあります。床に穴を掘り遺体を埋めたのち漆喰で塗り固め、新たな遺体は漆喰をはがして古いものの上に埋められました。遺体の鑑定から骨には血縁関係があったと判明しています。ベッドの下に埋めたのは、死者に対する愛情や敬意があったからと考えられています。

頭部がない骨や頭部だけの骨があるのは、いったん埋葬されたのち頭がい骨だけを切り取り手元に置いたためです。漆喰と黄土色の絵の具で彩色されたものもあり、一族の象徴として大切に扱われていたものと推定されます。頭部の切断された遺体の半分は女性であり、男女平等的な文化であったとも言われています。

支柱の下からも骨が見つかることがありますが、新しい家を建てる際に、子孫の繁栄の守り神として、埋められたのではないかと考えられています。

人類最古の遺跡においても、先祖や家族に対する敬愛がうかがえることは、人間の本質的な家族愛を物語っているのではないでしょうか?

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