伝説の古代都市、エブラ王国の発見

古代マリ王国やアッカド王国の古文書に「エブラ王国」という名前が残されています。シリア一帯は、エジプトとメソポタミアの中間地帯であり、古くから交通の要所として栄えていました。それで、「エブラ」王国はシリア付近にあったのではないかと言われていましたが、遺跡らしいものは見つかっていませんでした。

<テル・マルディフの発見>

1964年、イタリアの調査隊が紀元前2500年ころの都市遺跡を発見します。「エブラ王国」の発見です。非常に広大な遺跡で、50年たった現在も発掘調査は継続中。全容解明にはあと50年かかるとも言われています。

メソポタミアではシュメール人が都市国家をつくりあげ、エジプトではギザの三大ピラミッドが完成した時代。紀元前2500年頃は、二つの古代文明が隆盛を極めていたころです。それに匹敵する文明がこの地に存在したことは、古代の歴史を修正しなければならないほどの大発見です。

<森林伐採で消えた街>

エブラ王国の中心テル・マルディフは、1辺が1kmの外壁に囲まれた都市です。4つの門があり、内側には居住区が、その中央には直径170mのアクロポリスがあります。アクロポリスの中には王宮文書庫があり、そこから1万5000枚の粘土版が発見されました。

粘土板が焼けていることから、文書庫は火事にあったと推測されていますが、そのために粘土板が良好な形で現在まで残される結果となりました。そこに記された楔形文字で書かれた古文書の解読により、さまざまなことがわかりました。

紀元前3500頃から集落が生まれ、紀元前2900年ころには都市国家が建設されます。紀元前2250年ころにはアッカドの支配下に入るものの、アッカドの衰退した1900年ころには王国が再建され最盛期を迎え、紀元前1600年ころにはヒッタイトの侵略により、国家は滅亡します。

二大文明との交易で栄えた町であることもわかりました。最大の輸出品は「レバノン杉」。頑丈で腐食しにくい木材のため人気が高かったようです。アケメネス朝ペルシャのダレイオス1世が造った宮殿「ペルセポロス」の屋根にも使われた良質な建材です。レバノン杉を乱伐したためにレバノン山は禿山となり砂漠化が進行して、それが国家の衰退につながったともいわれています。現在この地にはレバノン杉は見られません。

国家の繁栄のために木を伐採したことが、国家の衰退の原因となったということは、どこか現代に通ずる警句のようにも思われます。

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